"食べ物への愛"
"食べ物への愛"
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"何を食べるかは自分で決められる"
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このフレーズで食べ物に対する気づきがあったクライアントさんから連絡があって
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読んでて感動して
読みながら泣いちゃったよ
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忙しかったり
体力が落ちてるときって
食べ物っておそらく時間短縮を考えたり、
"とりあえず"
とか
"食べなきゃ"
とか
になりがちで
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ある意味"化学調味料"たっぷりの
◯ザや
◯クド◯ルドさんや
◯◯や
◯◯は
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一瞬
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お腹を満たしてくれるけど
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本当の意味では満たしてない
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それはありとあらゆる化学調味料によって脳に中毒を起こさせているだけで
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本当に"美味しいもの"
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本当に"身体が喜ぶもの"
って沢山要らないんです
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例えば
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じゃがいも1個で
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満足したりする
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でもいま"無農薬野菜"自体が少なかったりする中で
愛する自分が喜ぶ選択をするのは
"無農薬"にすることで
美味しい葉に虫さんがついてパクパク食べられることもあるし
自然の影響をもろっと受けるから
実際出来る量は減ったり
お値段もちょっと高くなっちゃったり
するかもしんない
検査機関をとおそうものなら
その機関の"基準"と違うから
"基準"の"優良"と認められないかもしれない
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どんなに
シンプルに
無農薬を追求しても
大手の生産量には勝てないかもしれない
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それでも
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"何を食べるかは自分で決められる"
し
"自分への愛"
を
どんな形で自分へ取り入れていくかは
自分で決められる
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そんなことをね
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素敵なクライアントさんから昨日
はっと気づかせて頂きました
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気づきを与えてるんじゃなくて
いつも
"気づき"
に
"気づかせてもらってる"
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そんなことを思うのです
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そしてそんなことを思いながら書いてたら心屋さんのこんなブログがどんぴしゃりで目に飛びこんできた
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タイトルは
"僕らは自分で農薬を浴びて来た。美しい無農薬野菜の作り方"
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心屋さんが言う"無農薬野菜"は
"ありのままの自分"
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農薬を浴びて葉に傷をつけないように
身体を薬品漬けにしてたけど
結局
内側の自分は農薬により酸素を吸えず弱まり
弱まるから過剰な肥料を与えられ
本来
美味しいお水と
お水土と
田んぼにいる鴨が虫さんを食べ
糞をし
それが肥料となり
"ありのままの田んぼ"
が美しいのに
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美しくしようと思った過剰な肥料で
どんどん改良を加えていき
どんどん
なにが本当かわからなくなる
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大事なのは
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"なにも無くても大丈夫だった"
こと
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大事なのは
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"それ、本当に美味しい?“
か
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もちろん
"美味しい"
から
虫にも食べられるし
世の中の"基準"には
検査を受けても受からないかもしんない
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それでも私は
"ありのままの自分"で居ることを決めた
"お米"や
"お野菜"
を
"ありのままの自分"で食べたいのである
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増上寺で朝お経を聴きながら参拝
こんなにも癒しを感じるならまた聴きに来たい
そう感じるトレーニング後の参拝
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#なにを食べるかは自分で決められる#無農薬野菜#心と身体が喜ぶfood
増上寺
御坊様のお経が心を穏やかにする
散策できて幸せ
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